「最近はわざと『100パーセントのもの』をつくらないようにしているんです」
徳島に通うようになってから、さまざまな人とお会いする機会があって楽しい。そのなかでも印象的だったのは、県内を拠点に活躍するアートディレクター/デザイナー・大東浩司さんのお話だ。
大東さんは、企業や病院、自治体、製品などのブランディングやグラフィックデザインを手がけられている方。
さまざまな企業の長期的デザインパートナーとして伴走型で制作していると聞き、お会いする前から興味津々だった。実際お話しして素敵だなぁと感じたのは、大東さんの考え方だ。
デザインには組織や事業の根幹を問う大切なプロセスが含まれる。デザイナーがひとりで完璧に考えてつくってしまうと、クライアントの手元にそのプロセスは残らない。だから「100パーセントのもの=完璧に考えてつくりきったもの」はつくらない、というのだ。
本質的に何を目指すのか、どうなりたいのか。クライアントとともに考える。むしろ問いを投げてはクライアント側にうんうん唸って考えてもらう。デザインだけではなく、問いかけのプロなのだ。面白い!
そんな大東さんと、徳島県庁県民文化課の伊澤さんが、数年前にタッグを組んだのが「あわ文化学校」というプログラムの「デザイン」だ。
それがまた面白い試みなので、企画、広報、運営まですべて担当した伊澤さんに、第3回の広報ゼミでその思考プロセスを伺った。
「あわ文化学校」は、徳島県内の日常に潜む「文化」に出会うための体験イベント。2014年から3年間、徳島県主催で開催された企画だ。徳島県神山町の趣ある廃校を舞台に、数日間限定で徳島にまつわるさまざまな「文化」が来場者を迎える。
おせんべいを焼いたり、提灯をつくったり、あわ晩茶を飲んだり。少し不思議な学校で、のんびり過ごす。気づけばいつもは見逃していた身近な「文化」に出会う。――なんて楽しそうな企画! 広報のしがいもありそう。打ち出すのは簡単そうだ。
だけど、伊澤さんは細部までしっかり設計する。
「誰でもいいから沢山来て欲しいわけではなかったんです。会場は古い木造校舎で安全面の配慮も必要ですし、体験を深めてもらうために混みすぎてもいけない。僕はこの企画の広報で一日200人ぐらいの来場者規模を狙ってました」
伊澤さんは企画プロセスを説明しながらさらっと言った。けれど、会場はかなりの山奥である。車で延々運転してようやくたどり着く場所だ。一日200人を集めよう(一日200人しか集めない)とは、なかなか強気である。そしてその広報には、独特の「わかりにくさ」をわざと潜ませているのだ。
パンフレットを通じて理解できるのは、「あわ文化学校」のコンセプト、登場する文化のバックストーリー、場所と時間割だけだ。具体的な金額や参加方法はわからない。地図もざっくりしている。でも、よくわからないが、なんだか楽しそうな匂いが漂う。
「無料で給食が食べられますよ、体験ワークショップに参加できますよって書いたら、それが目的の人が来てしまうんです。お客様的にもてなさたり、得だから行こうって動機の人とは日常のささやかな文化を発見する視座は共有しがたい。だから、事前の情報発信も、実際の場も、わかりやすくしない、完璧におもてなししないことを大切にしました。パンフレットの配布先やSNS運営もかなり戦略的に絞りましたよ」
結果的に「あわ文化学校」は大変な人気企画になった。口コミでどんどん広がり、来場者が毎年増え、伊澤さんの設定した上限人数を大きく超えた。3年で終了したのは、会場キャパシティの問題だったそう。
これらのパンフレットデザインはもちろん、大東さんが手がけている。他にも、会場のしつらえなどもとても素敵だ。
気になる方は、ぜひ大東さんのウェブサイトや、「あわ文化学校」のFacebookページを見てみてほしい。(ちなみに、しっとり時間を吸い込んだような記録写真は、伊澤さんがみずから撮影している。上手……!)
広報コミュニケーション活動は、「わかりやすく伝える」だけじゃない。組織や活動体が「たどり着きたい相手に、届けたい規模で届け、対話の起点をつくる」ことだとわたしは思う。
目的によっては、オープンで軽やかな方法も必要だし、密やかで謎多い手段をとることも大切だ。
どんな道標を立てていくかは、それこそ機転をきかせて、デザインしていかないと。徳島の事業は学びが多い。次回も楽しみ!
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“機転をきかせて起点をつくる”「きてん企画室」の代表/プランナー。文化・デザイン・ものづくり分野の広報コミュニケーション活動をサポートしています。出版社やデザインカンパニーの広報PR/編集職、文化財団の中間支援兼コミュニケーション職を経て独立。