合い言葉

合い言葉

日記 - 2016.5.14

*本記事はアーツカウンシル東京在職時に執筆していたMedium Magazine「ヤギに手紙を届ける」から転載しました。

良いチームには、良い合い言葉がある。

と、しみじみ思う今日この頃。

それはプロジェクトの名前だったり、企画書に綴られたコンセプトだったり、片隅に添えられたキャッチコピーだったり、ムードメーカーの口癖だったりする。どんな形であれ、雰囲気がよく、感情豊かで、議論が活発に交わされ、そしてよく動いて、結果を出しているチームの芯には、メンバー間で共有されている1フレーズがある、と、思う。

「存在感のある美術館」

職場で、『東京都写真美術館 総合開館20周年誌』という冊子がまわってきた。何気なくめくってみると、国内でも類をみない専門美術館として開館し、制約と逆風の中で苦しみながらも懸命に運営されてきた同館のあゆみを記してあり、とても興味深かった。

中でも第四代館長として、年間入館者数を20万人弱から40万人強まで引き上げた福原義春館長(資生堂の名誉会長でもある)が改革にあたって設定した言葉の話に心惹かれる。「存在感のある美術館」という定性目標を掲げ、1年ごとのイヤーテーマも「静かな賑わい」「写真とは何か」「感動を与える美術館」などと設定していったそうだ。もちろん他の改革や定量目標とセットだったが、企画担当者も事務担当者も警備担当者までもがひとつの言葉の意味を考え、創意工夫していったという記述があった。考える余白のある、短い合い言葉は美しい。そして力強い。

「爽やかな解散」

授業名というのも合い言葉になるんだ!と感動したのは、少し前に訪問した慶應SFC・加藤文俊研究室フィールドワーク展でのこと。加藤文俊教授は、フィールドワークや場づくりをテーマに「カレーキャラバン」「ポスター展」などいつも魅力的なネーミングのプロジェクトを実施している。お邪魔した展覧会の名前も「こたつとみかん」展だった。かわいい。

そこで発表されていた取り組みの一つが「爽やかな解散」という授業。新しい何かと出会うためには移動しなくてはいけない。必然、別れることや、さよならに向き合わないといけない。だから、別れ方を学ぶんだ…ということで選ばれたテーマが「爽やかな解散」。まちなかに居心地の良い場所を立ち上げては、その解散や終わり方までデザインするという課題はとても難しそうだったけれど、どの学生の発表もとても面白かった。「さようなら」の設計に挑むことで、「こんにちは」の質があがる。なんて秀逸な授業テーマなんだろう!と、家に帰ってからもずっと授業案内の冊子を読んでいた。

「火の車」

あと、最近気になったのは、かつて詩人が経営していた居酒屋の名前。いわきの「日々の新聞」というローカルメディアを受け取ったときに、詩人・草野心平が様々な飲食店を経営してきたことを知った。

居酒屋「火の車」の名前の由来は、「生活が苦しくて火の車だったから」だそう。なんて、直接的なんだろう。でも、それがいい。

「安くってうまくって栄養のある料理をつくりながら、次々と新しいものを考案する」「金儲けをして、生存だけでなく生活したい。生活だけでなく七つの海の股旅もしたい」「雑雑とした散文は書かずに飲み屋のあがりで生活し、あとはぼつぼつ詩だけを書きたい」(いずれも日々の新聞の記事から)生活のためのお店、詩人であるための生業。すごく明快な合い言葉としての店名だ。

「他人の選んだ服」

「他人の選んだ服を着て、自分では気づかない魅力に出会うため」。これは、石垣島でデザインプロジェクトに取り組んでいたとき、クライアントである石垣島市役所の担当者の方に授けてもらった合い言葉。“よそ者”であるわたしたちが、さらに島外のデザイナーとプロジェクトに挑むときに、支えになった言葉だ。プロジェクトメンバーは何度もこの言葉に立ち戻り、悩むたびに指針にしていた。

合い言葉は、道のない道をいくときの、コンパスでもある。

心惹かれる合い言葉は、どれもシンプルで、印象深く、少し謎めいている。どんな意味なのか、考える余白がそこにある。

新しい活動をはじめるとき、悩んで立ち止まってしまったとき、合い言葉を大事にしようと思う。そしてそんな合い言葉をたくさんつくれるような、そんな仕事ができるといいな。

中田一会 (なかた・かずえ)

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中田一会 (なかた・かずえ)

“機転をきかせて起点をつくる”「きてん企画室」の代表/プランナー。文化・デザイン・ものづくり分野の広報コミュニケーション活動をサポートしています。出版社やデザインカンパニーの広報PR/編集職、文化財団の中間支援兼コミュニケーション職を経て独立。

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