*本記事はアーツカウンシル東京在職時に執筆していたMedium Magazine「ヤギに手紙を届ける」から転載しました。
ほとほと、思います。
ことばにするとは、なんとも恐ろしいことだなあ、と。
ことばを発した瞬間、誤解が生まれます。それはもう仕方がないことで。「わたしはこれをリンゴだと思う」と発した瞬間、「俺はそうは思わない」「リンゴとかいうやつは果物のことしか考えてない」「リンゴが好きな人はブトウは嫌いに違いない」「リンゴとか人前で言っちゃうのかぁ」「蜜柑はどうした」「そもそも日本人はリンゴを食べてこなかった」などと、受け取った人の独自解釈と感情がどんどん派生していきます。偏った喩え話ですけど。
情報過剰なこの時代、一番賢いのは黙っていることなのかもしれない。
だけども、それども愚かに言葉を発ししてしまう、どこかに投げずにはいられない、そういう所作をわたしが(あるいは、わたし達が)とらずにいられないのは、「あなた」に出会いたいからだと思うのです。
ことばがことばのまま伝わる、同じところで心震える、苦しい時に手をとれる「あなた」。
書いているのが深夜のテンションなのでロマンチックを超えて怖い感じになってますが、ともかく。「広報」「PR」「コミュニケーション活動」の目的は、「好かれる・モテる」ことよりも、「ミスマッチを生まない」こと。あなた一人がみつかれば儲け物、なのです。
たくさんの選択肢ができて、たくさんの情報が生まれている今、みんなコンテンツグルメになっていて。色々な目が肥えてます。そんな中で発信する情報や口にすることの大半は、どこか抜け漏れがあり、ほころびがあり、ツッコミどころがあり、既視感があります。わたし自身の仕事も、また。きっと、そう。自戒をこめて書きますけど。
でもでもだからこそ、ことばにすることは大事。
苦手なフレーズを乱発する人からは気持ち離れていくけれども、自分と近いことばを発する人ならば、完璧じゃなくたって気になります。だから、愚かしくも、発していこうと思うのです。気の合う人にちゃんと出会うために。そして雨風にことばを晒すことで、思考を鍛えるために。
ことばによってあなたは誤解されるし、無関心によってわたしは忘れられる。
それは間違いない。だけどもだからこそ、今日も明日も、口数多く、生きていきたい。そして辛くて口をつぐみそうになる人のお尻を叩いて、ことばを発してもらいたい。
そんな仕事なんだなあ、と、あらためて思う春先です。
悩むときほど、口数多く。ということで、このブログも続けなきゃ!
Text by
“機転をきかせて起点をつくる”「きてん企画室」の代表/プランナー。文化・デザイン・ものづくり分野の広報コミュニケーション活動をサポートしています。出版社やデザインカンパニーの広報PR/編集職、文化財団の中間支援兼コミュニケーション職を経て独立。