「食パン」みたいな文章を書く。<br>(モニタ越しの想像力)

「食パン」みたいな文章を書く。
(モニタ越しの想像力)

日記 - 2016.1.6

*本記事はアーツカウンシル東京在職時に執筆していたMedium Magazine「ヤギに手紙を届ける」から転載しました。

何年経っても忘れられない、新人研修で刻まれたフレーズがあります。

「食パンみたいな、白ごはんみたいな、そういう文章を書きなさい」

わたしの最初の就職先は、中小規模の出版社からなるメディアグループ。新人研修は、グループ8社の現場を2週間ごとに回るというハードな内容でした。

くだんの名言の主は、当時の研修官のひとり、インターネットの黎明期からオンラインメディアを手がけているベテラン編集長です。

研修は、編集部の片隅で過去記事500本読んで感想文を書きなさい、というのが一週目。そして、まあまあヤル気もあるようだし、製品レビュー記事を書いてみようか、と、お題をいただいたのが二週目。(当時はただただ緊張してましたが、贅沢な研修だなあ)

そこで出たのが「食パン」の話です。

当時、そのメディアは、朝の時間帯に一番読まれていました。しかもリピートユーザー率が非常に高く、毎朝、決まったユーザー層がアクセスしているそう。

「アクセスのピークは8時半〜9時。僕らの読者は毎朝、通勤電車の中で携帯から記事を読んでいるはずだ。つり革にぶら下がりながらぼーっと読むなら、毒気があったり、癖の強いものじゃいけない。朝の気分を害さない、疲れない、ニュートラルで飽きない読み物が淡々と載ってるから、安心してアクセスできる。メディアテーマも日用製品だし。刺激的な記事はたまにはいいけど、毎日食べてたら胃もたれしちゃうでしょ。でも、僕らは毎日アクセスしてほしい。だから、食パン。つまり、ここで記事を書くときは、余計な個性を出さないこと」

「……なるほど!!」

この編集長の「食パンの教え」は、新人の脳にビシッと刻まれました。

もちろん、食パン的な文章が正義、という教えではありません。そもそも編集長その人は、超毒舌で、個性的で、四川料理みたいなお方です。(ちなみにわたし、その後「お前の文章はケツが痒いんだよ!」と、さんざんな言われようで叱られました、笑)

編集長が教えてくれたのは、情報を届ける術ではなく、読み手の状況を想像し、居心地の良い場としてのメディアをつくる考え方。モニタの向こう側にある読者の日常を想像して、次の行動までデザインすること。

それはいまや、プロ・メディアでなくても同じです。日々のSNSタイムラインに何をどんなタイミングで投稿するかで、オトナ度が問われたりもしますよね。考えすぎると息苦しくなってしまうけれど。

簡単にコミュニケーションがとれる時代だからこそ、モニタ越しのリアルな日常を想像する力は、本当に大切です。

ということで、ことあるごとに、編集長の言葉を思い出しては、まだまだだなあと反省しています。食パン!(合い言葉)

[ photo credit: Christina B Castro (CC BY-NC 2.0) ]

中田一会 (なかた・かずえ)

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中田一会 (なかた・かずえ)

“機転をきかせて起点をつくる”「きてん企画室」の代表/プランナー。文化・デザイン・ものづくり分野の広報コミュニケーション活動をサポートしています。出版社やデザインカンパニーの広報PR/編集職、文化財団の中間支援兼コミュニケーション職を経て独立。

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