「中田さん、こんなブックレットが理想なんです。見てください!」
とあるプロジェクトの報告書制作について、ご相談いただいたときのことです。担当者のAさんが、海外組織のドキュメントブックを参考資料として見せてくださいました。
市民が参加して対話する様子、ワークショップの様子、そこから生まれった企画のプロセスやスケッチ……豊富で綺麗な写真とともに、その組織が目指している世界観や具体的な内容を紐解いた一冊。たしかに素敵です。
Aさんは目をきらきらさせて続けます。
「こういう写真がいっぱい載った、楽しそうで格好いい報告書がつくりたいんです!」
しかし、それはたとえ敏腕デザイナーや敏腕編集者とチームを組んでも完成しないことは明らかでした。なぜなら……。
「Aさん、これがつくれるぐらいの写真は 残っていますか?」
「え……?」
「ワークショップの写真はありますよね。でもきっと、メモ程度に付箋の一覧をなんとなく撮ったものと、終了後に参加者が横並びで笑っている集合写真ぐらいしかないのでは?」
「う……!」
「しかも、背景は片付いていない会場の一角で、撮影許可をとっていない人も写ってしまっている。ワークショップ中のカットは全然ないけど、飲み会の写真は妙にいっぱい残っている……」
「うう……!」
「さらに肝心の写真データは参加者のスマホの中。カメラで撮影したものはない。挙げ句、InstagramやFacebookにアップした後はどこにいったのかもわからず、印刷解像度を満たす写真はごくわずか……」
「ううう……なんで分かるんですか!? 横で見てたんですか? 怖い!」
「記録“あるある”だからです。……別のつくりかたを考えましょうね。理想のブックレットを目指すのは来年以降です」
以上のやりとりは、ちょっと誇張してますが、実際にあった話です。
始まったばかりの取り組み、特に初年度の場合は本当によくあることです。後から使うという想定がないから、現場で記録を残すのを忘れてしまう。残念ながら、どんなに願っても時間は遡れません。
もしもこれで制作するのが、パンフレットやコンセプトブックであれば、イメージに近いシチュエーションを再現し、フォトグラファーに撮影してもらうこともできます。
しかし、活動の実態を誠実に残し、伝えるという目的の報告書(ドキュメントブック)ではそうはいきません。
プロジェクトにとって大切な瞬間を逃さず、目的にあった品質で記録し、後から使えるように保管しておく必要があります。
ちなみにこれは写真に限らず、活動の具体的な内容や活動日を記した書類、活動から生まれた成果物、関係者のアンケート、トークやインタビューなどの音声データにも同様です。
情報発信やコミュニケーション活動においては由々しき問題。では、どうやったら残るのか……。少なくとも以下を意識して実行すると残りやすいです。
この7つを守るだけでも大変です。でも、その積み重ねが、活動がたしかにあったという証拠をつくるのです。がんばるしかない!
記録は大変だけど大切だよ、という話でした。ではまた。
[ Illustration by Atsushi Toyama ]
Text by
“機転をきかせて起点をつくる”「きてん企画室」の代表/プランナー。文化・デザイン・ものづくり分野の広報コミュニケーション活動をサポートしています。出版社やデザインカンパニーの広報PR/編集職、文化財団の中間支援兼コミュニケーション職を経て独立。