人を「素材」として見てしまう前に

人を「素材」として見てしまう前に

日記 - 2020.11.16

こんばんは。今、わたしは居ても立っても居られず、台所でこの文章を書いています。

重いトランクを引いて家までたどりつき、ペットのカメの無事を確認し、洗濯物をランドリースペースに投げ入れ、お土産の日本酒を冷蔵庫にしまい(※大事)、次にしたことがパソコンを開いてこの日記をしたためることです。

上手にまとまらないかもしれませんが、忘れずに残しておきたいことあります。ちょっと書いてみますね。

勉強会でもらったひとつの質問から

今日、わたしは久しぶりにリアルな会場で広報勉強会の講師を務めました。

対象は、店舗や企業を営まれている方や、地域で有志のプロジェクト運営をされている方など。何かしらの活動をしながら情報発信に関わる人たちのための小規模勉強会です。

コロナの心配がある中でも、万全の準備と対策をして受け入れてくださった方々はさすがに熱心で、とても内容の詰まった勉強会になりました。わたし自身も呼んでいただけてよかったなぁという2時間。

後半の相談会も興味深かったです。

寄せられた悩みは、たとえば「SNS頑張りすぎて疲れた」「新入社員がなかなか入らない」「人・時間・予算がない中でできることがわからない」など。

そのなかでも印象的で、そしてわたし自身が帰り道にずっと抱えてしまった質問があります。

「よく、SNSや情報発信のセミナーに行くと、よく『まずはそこで働く人や関わる人を紹介してその魅力を伝えたほうがいい』と言われるのですが、それは本当にそうですか?」というものです。

「人を出す」は正解か?

その方が参加されたセミナーの内容はよくわかっていないのですが、おそらくInstagramなどを使ったお店のスタッフ紹介や、noteでの社員紹介コンテンツのようなものを指しているのかなと思います。

わたしは唸りました。

「その活動の価値が人に宿っていて、届けたい相手が人に興味があり、それで成果が出るならそうでしょうね……でも、うーん……」

うーん……難しい。何かがひっかかり、煮え切らない答えかたをしてしまいます。おそらくセミナーで聞かれたというその話には、なにかの成功事例が紐付いていたはずです。もしかしたらSNS上での調査データなども紹介されていたかもしれません。

情報発信コンテンツとして、人の姿がある方が魅力的だったり、個人のストーリーが共感を呼びやすいということもあるでしょう。

でも、「広報担当者の判断として『人を出す』ことが必ず正解か」というと、肯定するには少し抵抗がありました

人を出すのはどんなとき?

人を出すもやもやについては、独立以前、それこそ10年ぐらい前からずっと考えていることです。

実際のところ、わたし自身は、前々職(株式会社ロフトワーク)でスタッフを全面に出す広報活動を展開していたことがあり、それについては「芸能マネージャーみたいな仕事をしていた」とわざわざインタビューの中でも話しています。

なるべく多くのスタッフが、“専門家”として外部主催のセミナーやイベントに登壇できるよう手配し、一緒に資料を作ったり、プレゼンのレビューをしたりしていました。

「いいね!」「ここが素敵だから、自信を持って!」と言いながら本番に送り出して、プレゼンを最前列で頷きながら聞いて。

当日はもちろん、登壇の様子を写真に収め、会社のブログにレポート記事を載せてーー。なんだか私の仕事って、芸能マネージャーみたいなだと思っていました

引用元:きてん企画室 中田一会さん「人の創造性を信じているから。“起点をつくる”広報コミュニケーションを」(2018.06.12/PR Table Community)

それは、ロフトワークのようなスピード感のあるベンチャー企業だけでなく、次の職場である公共の文化財団(アーツカウンシル東京)でも続いていきました。

「プログラムオフィサー」という専門職であるチームメンバーに専門メディアで連載を持ってもらったり、毎年プロフィール写真を撮影する機会を設けたりしたのもわたし自身がはじめたことです。(その流れを引き継ぐ形で、現在でもnoteでの情報発信が続いています)

こういった施策をとったのは、どちらの組織も人とその専門性こそが価値だと考えていたからです

制作会社のディレクターや、公共事業の中間支援職はともすると舞台の裏側に隠れて見えない職業です。でも実際、それぞれのメンバーは独自の専門性や信念を持って働いていて、組織にアクセスした人がまず触れるのもメンバー一人ひとりなのです。経営者や事業ディレクターの存在だけが見えていればいいわけではありません。

だから、個々人にリスクやプレッシャー、責任感の一部を背負ってもらって、顔出し・名前出しで情報発信に協力してもらっていたのです。同時にそうやって発信することで、それぞれのメンバーがプロ意識を持ったり、その先の仕事をつくっていく手立てになればいいなとも考えていました。

ただ基本的に、人が出ること自体はお互い(組織と当人)にとって「こわいこと」でもあり、そのケアとマネジメントをすることも含めて人を出すタイプの広報担当者が引き受けるべき責任だと思います

人を出すのはこわいこと!

個人が発信するSNS時代に……慎重すぎない?

と、思われる方もいるかもしれませんが、わたしはやっぱりこわいことだと思います。

どんな人がどこで働いているか、どんな来歴で何をしているか。そういった情報は、個人事業主が自分の営業のために覚悟を持って発信することと、組織が広報のために所属する個人に発信させることでは意味合いが変わってきます。

広報担当者は組織発の情報に責任を持ち、同時に裁量を持つ立場なので、その責任とある種のリスクや暴力性も考えなくてはいけません。

わたしが最近見聞きしたなかでこわいと感じたのは(※担当事業ではありませんが)、「つきまとい」の話でした。組織の中で必然性を持って、名前も顔も出して活動している方がいて、そのファンを名乗る人が職場に現れてはこっそり写真を撮っていく、しつこく食事にさそう……ということもあるようです。もちろんつきまとう側に問題があるのですが、店舗や施設の場合、訪れる相手をむやみにシャットアウトできない事情もあります。そういうとき、広報担当として、その場所に行けば会えるとわかっているスタッフの情報をどこまで出すかは考えどころです。

あとわたし自身は、10代の頃、学校という場所にいい思い出がなかったので、本当はあまり当時を知る人に関わりたくありません。同窓会も行きません。でも名前が珍しいので検索結果は必ず自分が出てくるし、顔写真も出しています。いろいろ天秤にかけた末、納得できる度合いで露出をするように決めました。だけどそれは、自分自身をマネジメントできる個人事業主や広報という立場にあるから選べることでもあるのです。(あと今は身を守る術も持っていて、頼れる専門家や仲間もいます)

……というようなことは、本当にずっと悩んでいて、気付けばやっぱり過去にもおなじようなことを書いてきています。(読み飽きたよ、という人は、時報だと思って眺めてください……でも大事なことなんです)

日常のしゃべり言葉なら気にならない表現が、とある文脈で活字になると急にキツくなることがある。誇張した成果は、リアルで接した時のギャップから火種を生む。頑張って用意した文章やプレゼンが、ひとから否定されてヤル気を削ぐ。そういうリスクは、伴走する担当者だけが気づいて拾ってあげれるものです。むしろそういう為にこそ、コミュニケーション担当は必要です。

引用元:先生、無限ループで悩んでます(人とメディアと責任の話)(2016.1.8/きてん日記 ※執筆当時はMedium)

実のところ、名前と顔を出して言葉をのこすことはこわいことで、カメラのレンズを誰かに向けることも凄くこわいことだ、と、思います。

引用元:こわさを忘れない(2017.3.7/きてん日記 ※執筆当時はMedium)

人を「素材」として見てしまう前に

と、いうことをもやもやと書いてきて、何が言いたいかというと、人を出さない方がいいということではなくて、人を「素材」として見る前に一呼吸置いてみようということです

もちろん、そのセミナー講師の方が「SNSではとにかく人を出すべし!」「人こそ素材!」と強く一方的にレクチャーしたということではないでしょう。

でも、質問してくださった方にとっては「人を出す」が印象に残り、「本当に正解なの?」と悩んでいたわけで、その小さな違和感はもしかしたら「こわさ」にあるのではないかなと思ったのです。出張の帰り道で。

たしかに人の笑顔や楽しく過ごしている様子は、気持ちをポジティブにして、情報を魅力的に伝えてくれます。個人にひもづいたストーリーが共感を呼ぶこともあります。しかし同時に、その人自身が持って生まれた姿や名前、経験はその人のものであり、出すも出さないもその人と相談しないことにははじまりません。

その責任やリスクを考えた上で、当人と対話をした上で、必要だったらやってみる。そういう基本のき、所作が改めて大事なのかなと考えた次第です。誰でも書けて発信できてしまう今だからこそ。

……なんて、まじめでした。本日の日記はここまで。

お知らせ:レクチャー業務について

最後にお知らせです。きてん企画室では、今回の勉強会ような「レクチャー/ワークショップ業務」をお受けしてきましたが、2020年11月をもってしばらく休止しします。

コロナ禍を経て、コミュニケーションの形がすごく大きく変わりつつあるということ、新たなプロジェクトに挑もうというタイミングであることを踏まえて、いったん「実践」を重視するお仕事に切り替えていくことにしました。教えることは教わることでもあり、本当に発見の多い楽しい業務でしたが、もう少し経験の貯金をしてからまた再開できたらいいなと思います。

これまでの広報講座の資料やワークシートは「資料」ページに残しておきますので、引き続きご活用ください!

中田一会 (なかた・かずえ)

Text by

中田一会 (なかた・かずえ)

“機転をきかせて起点をつくる”「きてん企画室」の代表/プランナー。文化・デザイン・ものづくり分野の広報コミュニケーション活動をサポートしています。出版社やデザインカンパニーの広報PR/編集職、文化財団の中間支援兼コミュニケーション職を経て独立。

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